文創と古い街の協奏曲

五條港の商号

古い街の歴史

神農街は康熙時代(1662年-1722年)の地図には、すでに「北勢街」という三文字の語彙があり、康熙時代から現在に至るまで、300年以上の歴史を持つ古い街だということがわかります。神農街の家屋は他の古民家とは異なっており、その特徴は家の構造全体が長く、家屋の前は街道に面し、後ろは北勢港であるため、どの家の後ろには必ず裏口があります。 以前の貨物は家の裏口の港から輸送されていました。当時は、家の前半分は商業活動をする場所で、後半分は倉庫として使われていました。店の幅はそれほど広くはありませんが、奥行きが長く、一軒の家の一棟目と二棟目の家屋の間には中庭がありました。この街の家々の中庭にはほぼ井戸があり、どの家も街道に面した家屋の真ん中に大きな門を商売用に造っており、お客さんが気軽に出入りできるようにしています。人の流れが絶えない商売繁盛を願ったこの街の家屋の構造が、神農街の有名な特徴です。

修繕による古民家の再生

五條港の商号79号は元々中華民国元年の5年前(1907年)に建てられたため、その家屋の構造は木造建物のままです。この家から隣りの家が四軒連なっています。五條港発展協会が神農街を仕事の拠点にしたあとも、建築の構造は変わっていません。外観は、五條港の商号が引き渡される前に、元の家主がタイルを張りましたが、70年代後半から80年代前半のスタイルだったため、どちらかと言えば、古い家屋という感じで違和感がありました。向かいの家も左右の家も屋根の表面の建材は、すべてテラゾーだったため、テラゾーを主に使用してリホームしました。テラゾーを選んだ2つ目の理由は、周囲の古民家の門構えとより調和させるためでした。屋内は以前の外観をそのままにし、木の柱をも残しています。

五條港の商号が引き継いだ家屋前後の外観

中庭の井戸に至っては、前の家主が井戸を埋めたて、真ん中に作った大きな門も使いづらいと感じたので、塞いでしまいました。台南市文化協会が五條港の商号の運営を確立した時に、この家屋の改装を開始し、門を再び開けて元の状態に戻しました。 この門はもともと商売用だったことを見る人に理解してもらい、人の流れが四方八方から流れてくることを願っていること示すためです。古民家全体は木造ですが、かなりの重量に耐えられてしっかりしており、特に左右の家と連なっているため、とても頑丈です。協会は皆さんにかつて構造の跡を見られるように、階段の下にはまだスペースが保留されています。その床の高さは現在のより少し低く、実際、それは清朝末期と日本の統治時代初期に造られた家にもともとあったものなのです。

現在、店舗の内装は、一階は主に創作商品を販売しており、二階は南台科技大学の通識センターと協力して造った五条港文化会館があります。小さな展示空間では、講座と授業ができます。一階の店舗では、来客が見えるところに裁縫道具が置いており、五條港の商号は主に「布」を開発商品としていることを示すためで、古民家の裏側もそのように企画されています。現在、古民家の裏側はまだ修理中であり、 修理される前から「布」を主とした作業室でした。

この店舗の前身は、神農街を宣伝する台南市文化協会の拠点でしたが、神農街で宣伝と開発がほぼ完成すると、借家を続ける必要がなくなりました。しかし、協会は神農街の良さを知ってもらうとさまざまなイベントを行い、多くのデザイン資源や文化資料を蓄積していくうちに、古民家にも想いを寄せるようになりました。もし台南の地元文化をさらに推し進め、神農街の創作商品を広めたり、地元で不定期的に講座とカリキュラムを開催していけば、台南は魅力的な場所だと伝えられますので、引き続き借りることに踏み切りました。

地元の文化講演やカリキュラムを多く開催

五條港の商号を經營するきっかけ

協会の経営責者は、さらにより多くのストリート産業が促進されることを希望しています。 過去にも様々なイベントを行ってきましたが、季節ごとに異なる文化を促進し、それらの文化を商品に取り入れていくことで、長く続いています。そうしているうちに、自然とデザインの資源と人脈の輪が広げられ、ここで文化と創作産業を運営すると同時に、文化振興、ガイド養成に関する授業を兼ねて続けていけるのは面白いことだと思うようになりました。

スタッフは、経験によって来客を北部と南部に識別することが可能

運営期間中、 五條港の商号のスタッフは、行き来きする様々な来客を見ており、協会の人たちの話では、スタッフの個性やスタイルがそれぞれ大きく異なっているため、引き寄せる客層も異なるとのことでした。たとえば、店番をしていると、異なる地方から来られるお客さんを観察し、北部からいらしたのか、南部からいらしたのか、お客さんの服装やアクセサリーを通して流行を知ることができ、またお客さんが購入した商品からその商品の客層の状況が理解できて面白いと、スタッフたちは話していました。

五条港の商号は数多くの実用的な創作商品をデザイン
経営期間中にあった面白いこと

経営責者は五條港の商号でまず創作商品に台湾特有の文化が備わっているかどうかを探索すべきだと考えています。海外では文化産業や創意産業の一部と呼ばれ、様々な角度から違った見方があります。 もし自分が消費者なら、この商品の実用性と価値性が自分のニーズに合うかどうかを検討します。あるいは、デザインナーであれば、商品が人にどのような感じを与え、自分の考えを表しているかどうかを考えます。その価値は単に用途だけでなく、一人一人によって与えられたものによって異なるため、経営責者は、 製品と物語を組み合わせ、補い、相互作用して、台南の地元文化と物語をそれぞれの商品に融合させることによって、 消費者は商品に好奇心をもち、隠された本当の意味を理解しようとします。そして、理解することによって、本当の知識を学ぶことができるのです。

そのため、この店では季節ごとにテーマのある新商品が発売されています。たとえば、去年は子供の守り神でもある伝説の「七娘媽」をテーマにした商品4、5種類制作しました。今年は台南の老舗がテーマですので、 卓上カレンダー、雑誌、はがきなどを作りました。皆さんが店に入ってこられると、商品が前と違っていたり配置も変わっていることに気づかれるでしょう。五條港の商号を訪れたことがあって、もそのたび違った感じがするものです。

未来


私たちは神農街の変わる役割によって変わります。 神農街の住人なら、もう少し静かの方がいいと思っていますが、商売をしているのでしたら、賑やかであればあるほど良いと思っています。 神農街は古い街ですので、当然、その歴史的記憶と特徴が守られることを願っています。この場所についての考え方は人によって異なりますが、ここの店主は誰もがこの街の雰囲気を非常に重視しており、特色のある知的なイベントを行うことによって、より多くの人を惹きつけ、ここを好きになってくれること願っています。それは私たちがここで店を開く本来の目的であり、今後もこの目的に向かって突き進んで参ります。